詩紙 にちにち4号

*更地

互いを見失いながら歩いていく

なつかしさを忘れた頃

また新鮮に出会いましょう

 

わたしたち

離れ離れの生きもの

寄り添うことはできても

同じ感覚を得られはしない

近づきすぎて見えなくなった

境界線、

先に踏み抜いたのはどちらだった?

 

やわらかな襞を潰して

互いに傷痕を残す

 

揺らいでいる感情を

名付けられなくて

わたしは、あなたではない

ことだけがくっきりして

道が見える

もちろん

あなたは、わたしであるはずがない

 

枝分かれに立つ

一体ではないので

ここで手を振る、振りあって、

歩き出す先は

違う方向を選んだ

ふたり、

思い出が記憶に変わったら

いつしか忘れたことも忘れて

更地の気持ちで

言葉を交わす


*引っ越しつれづれ

去年の夏頃からぼんやりと引っ越しをしたくて、物件探しを片手間にやっていたのだけれど、冬になって引っ越し欲は加速した。地図を見て「ここがよさそうだ」と狙いを定めた街の下見をし、なかなか雰囲気もよいので、家賃と部屋の広さと譲れない設備を決めて、ネットで物件を絞り込んだ後、一気呵成にものごとを進めた。

引っ越し自体は、人生でたぶん十二回目だ。というのも、父が全国転勤のある企業に勤めていて、おまけに経理部門だったものだから、二・三年に一回のペースで引っ越しがあった。荷造りも荷解きも得意になった。母と弟に手伝ってもらった今回の引っ越しも、当日に開けなければならない箱を全て開け、物の収納を済ませた。

全国を転々としたために、友人には「どこの(出身の)人か分からないしゃべり方をする」と言われるほど、各地の訛りが入っては抜けてを繰り返したわたしのイントネーションは、不思議なものらしい。

両親は長崎出身なので、長崎訛りの標準語を基本的には使っていて、怒るときは完全な長崎弁、といった具合。わたしも、なんだかんだで長崎弁が一番染みついている。今でも考えに耽っていたり、感情が高ぶったり、忙しかったりすると、標準語の前に長崎弁の単語が浮かんだり、イントネーションが長崎のものになったりする。

大学進学で関西に出てくるときの引っ越しを含めて、大人になってからの引っ越しは三回目。子どもの頃の反動で、できるだけ引っ越しをしたくない。前の家には約九年住んだ。一人暮らしには十分な広さと設備と立地だった。今の家にも長く住むつもりでいる。立地はさらに良くなったし、広さと設備も十分だ。

そういえば、もう十二年は関西にいるのに、まだ関西訛りになっていない気がする。やはり、子どものほうが順応性が高いのかしら。それでも、単語だけ関西弁になるときがあって、それがちょっと気持ち悪い。関西弁をわたしのものにするには、あと何年かかるだろう。


ダウンロード
にちにち4号
ネットプリントに登録したPDFデータです。内容は上と同じです。
nichinichi04.pdf
PDFファイル 548.3 KB