2020年

2020年 · 2020/11/23
気の向くままに本を読んでいる。脈絡がない。今日は『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』を昨日に引き続き少し読み、須賀敦子のエッセイ集『霧のむこうに住みたい』を読み終え、先週の通勤中にkindleで読んでいた島本理生『夏の裁断』も読み終えた。...
2020年 · 2020/11/22
今日はずっと家の近くで過ごしている。...
2020年 · 2020/11/21
今日は通院日だった。この3週間のことをかいつまんで話し、その内容にお医者さんが大うけすることもありつつ、疑問をぶつけてみた。薬の種類が減ったのでお酒を飲んでもいいだろうか。飲んでもいいよ、というお返事をもらう。おお。飲みすぎたり、やけ酒をしたりしないように気を付けて、ちゃんと水も飲みながらならお酒を飲んでもいい、と。この間まで飲んでいた抗不安薬とお酒の飲み合わせがとても悪いから、そのためにアルコールはダメだったそうだ。 もう6~7年くらいお酒は飲んでいない。飲まなくても生きていけるんだけれども、制限があって飲めないのと、自分の意思で飲まないのは違うので、飲むか飲まないかを考えるためにも、久しぶりに缶チューハイを買ってみた。北海道のはちみつと瀬戸内のレモンを使ったもので、アルコール度数は3%。もともとお酒には強いほうだったのだけど、慎重に。今日の夜か明日の夜に飲む。 今週、職場でいつもとは違う頭を使って意見を話す機会があった。職場が判明してもよくないし、仕事をしているのは本名のわたしという感覚なので、詳しくは書かない。ただ、考えて話すことは体力が要るけれど楽しいと感じた。 それで、というわけでもないんだけれど、思考を止めずに生きていきたいと思う。考える市民でいたい。 障害について今は考えている。わたしの全部が障害者ではなくて、あくまでも障害はわたしの一要素に過ぎない。だから、障害に甘えずに生きていきたい。障害があるからといって、自分の可能性を自分で狭める必要はどこにもないと思うのだ。いくらか配慮をお願いすることはあるのだけれども、できる限り少なくしたい。わたしは自閉症スペクトラムで、できることと頑張ってもできないことの線引きや、障害特性と個性との違いの見極めが難しい障害ではある。コミュニケーション面に難があるのは自覚していて、他にも空間認知というのか図形などを扱うのが苦手だし、状況判断もあまりうまくない。それでも、初めて行うことや苦手意識のあることに対して、「できません」というのではなく「どうやったらできるか」を考えて取り組もうと常々思っている。 『よくわかる障害学』を読み終わったので、明日からは『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』に取り掛かろう。

2020年 · 2020/11/16
尾道に一人旅をした。よい気分転換になったと同時に、このウイルスが収束しない状況下で生活することに、良くも悪くも慣れてしまっている自分を感じた旅行でもあった。

2020年 · 2020/11/03
昨夜始まった頭痛は今朝も尾を引いて、若干痛む頭で朝ごはんの支度をした。昨日の朝か昼くらいからフレンチトーストを焼くぞ、と決めていた。6枚切りの食パン1枚に対して、たまご1個・砂糖大さじ1弱・牛乳はたぶん大さじ2くらいで、焼くときのバターはちょっと多めに20g使うことにしている。フレンチトーストを食べて頭痛薬を飲んだ。そうしたら頭痛は治まり午後になっても痛くない。 買い物に行った。頭痛薬が切れたし、日用品もいくつか切れかけている。街に出たので、読書週間のキャンペーンをしているジュンク堂にも行った。またしても障害学に関する本を買い、キャンペーン期間中2回目の2000円以上の買い物をしたので、エコバッグをもらった。 カフェの空席を見つけたので、コーヒーではなくハーブなどのブレンドティーを頼み、読みさしの詩集を読み終えたあと『よくわかる障害学』の続きをキリがよいところまで読んだ。今日買った本はもう少し後で読む。 自分の障害に対して特別な意味づけをしようというよりは、障害を持って生きることとはどういうことなのか考えたいという感じだ。何らかの価値や意味があるから生きているのではなくて、生きているから人生に価値や意味を見出せるのだと思う。 午後はぼんやりとしている。ちょっと本をめくったり、考えていることをノートに書きつけたり、クッキーを食べてミルクティーを飲んだりした。あと、次の詩集のタイトル案を思いついたので、表紙の2パターン目を簡単に作った。前に浮かんだタイトル案よりいい気がする。中身もしっかりと書いて推敲しなければ。 夜には詩集を読もう。詩も少し進めたい。
2020年 · 2020/11/01
10/24の日記に「障害は克服すべきものなのか」と書いて以降、どこで知ったかは思い出せないものの、「障害学」という学問分野に興味を持ち始めた。わたしの日記を読んだ友人が『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』(スナウラ・テイラー/洛北出版)を貸してくれた。また、大型書店に行って、ミネルヴァ書房の『よくわかる障害学』というテキストを見つけたので買ってきた。知識が不足しているのでまずは『よくわかる障害学』を読んで、そのあとで『荷を引く獣たち』に取り掛かろうかなと思う。それから図書館でいくつか入門書や専門書が読めそうだった。当事者だから体感も含めてわかることがあり、当事者だからこそ見えないこと・わからないこともあるのだろうと思う。一時期の熱で終わらないようにしたい。 気になる詩集がいくつか出るので、本屋さんに予約を入れたり、オンラインショップで買ったりしている。春夏はあまり詩集が出ていない印象を持っていたのだけれど、秋口くらいからどんどん出版されている気がする。 働いているし、家事もあるし、詩も読んだり書いたりしたいし、障害についても考えを深めたいし、うまく時間を使っていきたい。知らないことのほうが圧倒的に多い中で、何についてより深く知っていきたいかを絞っていく必要性がある。また、浅くても知っておきたいこともある。 このあとは晩ごはんやお風呂などを済ませて、『よくわかる障害学』をキリのよいところまで読み進めたり、今日届いた詩集を読んだりするつもり。書きかけの詩は火曜日に続きを書こう。
2020年 · 2020/10/25
昨日から古代日本が舞台のSF漫画『イティハーサ 1〜7』(水樹和佳子/ハヤカワ文庫JA)を読んでいて、お昼前に全巻読み終えた。何回読んでも絶対に結末で泣く。今日も抑えていたものが、ラストシーンで決壊した。ラストシーンまで順を追って読むことでの感動がある。そうして、余韻が長く残る。自らを他者に――それが神であっても――委ねず、自分の意思で生き、自分の真実や救いを求め見つけよ、と言われているように感じる。今まで読んだ漫画の中で一番揺さぶられるので、頻繁に読み返すのは難しいけれども、一番好きだ。読み返すときはまとめて一気に読んでしまう。そのくらい物語に力がある。 古代なのにSFとはどういうことか、と思われるだろうけれど、神と人との関係性や神を問う方法がSFの手法になっていると思う。そして、結末の在り方はまさにSFだ。 読了後、お昼ごはんを食べに行こうと思い、そのまま30分くらいは茫然としていた。気を取り直し、精神を余韻から引き戻すにはやはり読書だ、と思って現代日本が舞台の小説をカバンに入れて出かける。こんなときに手に取るのは島本理生のことが多い。 家の近くでごはんを食べて、前々から気になっていたカフェに行った。カフェは思ったよりもこぢんまりとしたお店で、わたしが入ったら満席となり、そのあと何組か満席で帰っていたので、ケーキを食べてコーヒーを飲んだら席をたった。チェーンのカフェに移って、小説を読み終えてから帰宅。それでもまだ胸や頭がじーんとしている。 カフェの帰りに歩きながら、わたしが好きな作品はみな「自分の意思で生きよ」と、「人は生きるに値する」と発していると思った。恋愛にとどまらない愛があり、人が人を想う力の強さを知らされる。作品から発される「声」の在り方はさまざまなのだけれども、ふと読み返すとき、まだ生きていけると思うのだ。
2020年 · 2020/10/24
先月、体調不良に襲われながらも受検した3級FP技能検定に合格した。昨日にネットで合否を確認して、今日合格証書が届いた。次は2級かな。受けるかどうかも迷うし、受けるなら5月か、9月か。 通勤・帰宅時の電車内でkindle...
2020年 · 2020/08/22
――その時その時の自分から少し踏み出して、自分の詩を差し出してみると、新しいことに繋がっていったな、と思う。 書き始めた頃から今までのことを簡単に振り返りました。 noteに書いた記事と同じ内容です。
2020年 · 2020/06/30
自閉症スペクトラム障害(ASD)を持ちながら暮らしていることについて、簡単に書きました。

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