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自分に名付けた頃

「詩と思想」4月号の自分のエッセイと、平居謙さんの解説、それから新次元10号の小特集に寄せていただいた批評を読んでいて、ふいに海老名絢と自分に名付けた頃のことを思い出しました。

わたしはカルチャーセンターの詩の講座に通っていました。講座には自作を印刷して持って行き、読み合います。すぐに気が付いたことは、筆名の人がいるということです。
筆名でもいいんだ、という驚きがありましたが、なかなか自分とは結び付かず、しばらくは本名で詩を提出していました。
そのまま本名で活動してもよかったのかもしれませんが、筆名へのあこがれから、詩を書くわたしに名前を与えることにしました。
2016年1月のことです。「海老名絢」と記して作品を講座に提出したことを覚えています。
寒くなった頃から名前を考え始め、「あや」という響きが気に入ったので漢字を当て、名字は地名をいくつか思い浮かべて、一番しっくりきた海老名にすることにしました。

「海老名さん」と呼ばれるようになった当初は、なんだかどきどきしていましたが、今ではすっかり馴染んでいます。

 

海老名絢と名乗り始めて、二年が過ぎたところです。

名付けた頃は、まだ投稿してみようとさえ思っておらず、講座が思いのほか楽しかったのでそのために詩を書いていました。素敵な出会いに恵まれたと思います。

書き始める、講座に参加する、筆名をつける、文学フリマに出る、詩誌に投稿する、賞に応募する、と一歩ずつ進んで、想像もしなかった今があります。

初めに詩が楽しいものだと思えたから、書き続けているのでしょう。

これからも、楽しさを忘れずにいたいです。