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2020/10/25

昨日から古代日本が舞台のSF漫画『イティハーサ 1〜7』(水樹和佳子/ハヤカワ文庫JA)を読んでいて、お昼前に全巻読み終えた。何回読んでも絶対に結末で泣く。今日も抑えていたものが、ラストシーンで決壊した。ラストシーンまで順を追って読むことでの感動がある。そうして、余韻が長く残る。自らを他者に――それが神であっても――委ねず、自分の意思で生き、自分の真実や救いを求め見つけよ、と言われているように感じる。今まで読んだ漫画の中で一番揺さぶられるので、頻繁に読み返すのは難しいけれども、一番好きだ。読み返すときはまとめて一気に読んでしまう。そのくらい物語に力がある。

古代なのにSFとはどういうことか、と思われるだろうけれど、神と人との関係性や神を問う方法がSFの手法になっていると思う。そして、結末の在り方はまさにSFだ。

 

読了後、お昼ごはんを食べに行こうと思い、そのまま30分くらいは茫然としていた。気を取り直し、精神を余韻から引き戻すにはやはり読書だ、と思って現代日本が舞台の小説をカバンに入れて出かける。こんなときに手に取るのは島本理生のことが多い。

家の近くでごはんを食べて、前々から気になっていたカフェに行った。カフェは思ったよりもこぢんまりとしたお店で、わたしが入ったら満席となり、そのあと何組か満席で帰っていたので、ケーキを食べてコーヒーを飲んだら席をたった。チェーンのカフェに移って、小説を読み終えてから帰宅。それでもまだ胸や頭がじーんとしている。

 

カフェの帰りに歩きながら、わたしが好きな作品はみな「自分の意思で生きよ」と、「人は生きるに値する」と発していると思った。恋愛にとどまらない愛があり、人が人を想う力の強さを知らされる。作品から発される「声」の在り方はさまざまなのだけれども、ふと読み返すとき、まだ生きていけると思うのだ。