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詩はお金になるのかへのお返事、定期通院、巣ごもりの準備

詩はお金になるのか、というご質問をいただいたので、それについて書いてみようと思う。

わたしは詩の雑誌や新聞に詩を書いて原稿料をいただいたこともあるし、私家版詩集を作って販売しているので、いくらかお金になっている。「お金になる」がどの程度の額を差すのかがわからないけれど、全くのゼロというわけではない。ありがたいことに『きょりかん』はもうほとんど手元に残っていないなど、私家版詩集はたくさんの方にお求めいただいていて、その売り上げが新しい詩集に繋がっていると感じる。

では、詩や文筆で生活できるかというと、わたしの場合は程遠い。でも、そのくらいでいいかなと思っている。幸いにして自分に合った職場で働いて生計を立てられているから、何としてでも詩をお金にしなければならないわけではない。詩は好きで書いているので、投稿欄に入選したり、賞の候補になったり、原稿依頼をいただいて雑誌や新聞に掲載されたりして、読んでいただける機会が増えただけで十分という気がする。その機会を得るために、もう少し賞への挑戦をしてみるつもりでいる。

お金になってもならなくても詩を書くし、すぐに発表できる場がなくても詩を書く。書くからにはできれば読んでもらえるといいなと思いながら。

 

今日の日記。

新型コロナウイルス感染症に関して、大阪モデルが赤信号になったということで、不要不急の外出は控えようとは思った。でも、通院はしなければならない。朝から電車に乗って病院のある街へ行く。いつも通院のついでにカフェに寄ったりお昼ごはんを食べたりするのだけれど、今日からしばらくはそれらもなしにする。

病院は空いていて、いつもよりちょっと長めの診察になった。今日までのできごとに加えて、流れでざっくりと10代の頃の話をする。いろいろあったなぁ…。10代ってめちゃくちゃ長くて濃い時間だなと思う。小学生が大学生になるんだものな。お医者さんは自閉症が10代のうちに判明しなかったのが不思議なようだったけれども、わたしとしては「まあ死ななかっただけでよしとしましょう」と思っているのだった。これからも通院をして、サポートを受けながら暮らす。

外出したので幾つか買い物も済ませる。ドラッグストアに寄り、マスクや乳液などを買う。心なしか人が少ない。午前中だからなのか、外出を自粛しているのか。

大きめの本屋さんに行って、文庫の須賀敦子のエッセイ集を2冊と以前から気になっていた創元推理文庫から出ているファンタジーを買った。まだ読んでいない本は障害学の本なので、家に引きこもるならもう少し柔らかく読める本も欲しかった。現代詩手帖も読みさしだけれど。

そのあとに家の近くにはないちょっと高級なスーパーマーケットにも立ち寄った。ティーバッグのように淹れるコーヒーがあって、物珍しさと手軽さから手に取った。

 

帰宅後お昼ごはんを済ませて、最寄りのスーパーへ食料品を買いに行く。ジョージア(グルジア)料理のシュクメルリを作るぞ、と決めていたので、レシピ通り買い物をして、他にも今日と明日のお昼までに食べるものを買った。

これでもう家から出なくていいと思って、眠たかったこともあり昼寝をした。30分くらいで起きるつもりが、アラームを止めて再び寝入ってしまい、2時間半くらい寝ていた。びっくり。本を読もうと思ったのにねぇ…。まだ夜の時間があるので、これから晩ごはんを作って食べたら本を読もう。