· 

夢を見た、まだしばらくは詩人、価値観のこと

久々に夢を見た。とても具体的な夢。わたしが、春に末期がんでもうすぐ死ぬ。でも怖くはなくて、のどかで暖かな感じだった。不思議。それで、夢占いを検索したら、死ぬ夢は新しい自分に生まれ変わるというよい夢らしい。ただ、夢の中で完璧に死んだのか、死にそうだったのかを覚えていない。死にかけだと不安の表れとかあんまりよくない夢らしい。どっちにしても、解釈として面白いなという程度の受け止めである。普段は「内容を覚えていないけれど夢を見た」という感覚もほとんどないので、こういう具体的に夢の内容を覚えていると、面白いものだなと思う。

 

最近、本を読んでいないなと思った。先週は詩集を1冊読んだだけ。今週も純文学を1冊読みかけ、詩集を1冊読み終えたくらい。ずっと電車やお風呂でkindleを使って読んでいた銀英伝はしばらくお休み。疲れのためにお風呂で読書する習慣がすっかり途切れて、6巻の半分という中途半端なところで、銀英伝に対する気持ちが薄れてしまった。読みたくなったら再開しよう。それまでは、純文学や詩集を中心に読もうかな。講談社ブルーバックスで気になっている本もある。

 

詩を書く頻度も少し落ちている。一応書いてはいるので、まだしばらくは詩人をするつもり。詩人として、どのように活動するか、いつまで活動できるか迷ったり悩んだりもするのだけれど、次の詩集を出すまでは、結論も出さない。詩集を出して見えた景色や感じたことで決めようと思う。わたしが書かなければならない詩などないのではないかと思っても、書けるうち・書きたいうちは書く。自分の書くものに飽きたときは詩をやめるときか、やめなくても感性を充電するときなのだろう。

 

「自分の価値基準で他者を安易に判断しない」「判断しても軽々しく口にしない」を心がけたいと思うようになった。

たとえ褒め言葉のつもりでも、受け取る相手にとってはそうではないことも多々ある。容姿を例にすると、わたしにとって「背が高いね」はうれしくない。物心がついた頃から言われ続けていて、身長がコンプレックスになった一因ではないかと思う。反対に、顔立ちに対しては特別褒められることもなく貶されることもなかったので、割と顔が気に入っているのだと思う。

それから、人と人との関係性についても、安易に決めつけてはいけないなと思う。仲のよい男友達がいるが、異性同士が仲良くしていると、すぐに付き合っているのではないかと言われるのには閉口する。そこには、男女間の友情も、同性愛者である可能性も、全く恋愛をしない人である可能性も想定されていない。みんなが異性愛者として恋愛するものだ、という決めつけがある。そんな、ひとつの価値観だけで測られたくない。