· 

わたしと、食べることと、見た目――ダイエット幻想を読んで

ダイエット幻想/磯野真穂/ちくまプリマ―新書を読んで、思ったことを書く。

 

わたしは、子どもの頃からよく食べるほうで、身長が高く、体格もよかった。それでいて、そこまでぽっちゃりしていたわけではなく、初めて痩せなければと思ったのは、転職した後に恐ろしい勢いで太った30歳の時だった。なんとなくジムに通ったものの、よい結果が得られなかったので退会し、その後、31歳で真面目に減量を始めた。それは内科にかかったとき、体重を測られて「あなたの身長ならこのくらいあってもいいけれど、これ以上太らないように」と言われたからだ。

 

思えば、見た目を悩むことがなかった。というより、人間関係を構築することが下手で、他者からの評価を気にして見た目に悩む前の段階でつまずいていた。小中学校では不登校の時期も長く、高校も全日制は中退して、通信制に再入学して卒業している。大学は通学課程を選び、普通に4年間通って卒業した。

通信制の高校には様々な年代の様々な経歴の人がいて、高校に通う目的も様々だったから、その中では見た目を比較してからかうとか、いじめなんてことは起こらず、それぞれに頑張って目標を達成しよう、という感じだった。大学生の時も、特に見た目に関して悪いことを言われた記憶がない。特別痩せていたわけではないけれど、「そんなに食べるのにその体型なの?」というような感じだった。

わたしとしても、身長が高いことはコンプレックスではあるものの、体型が嫌になったことはなかった。中学3年生の頃、165cmで65kgだったのだけれど、それでも痩せようとは思わなかった。たぶん、同年代と比較しようにも学校に行っていない以上、比較しようがなかったのが大きいのかもしれない。祖母に「女の子は自然と痩せる時がくるから、無理に痩せなくてよい」と言われていたこともあった。それと、小学生の頃からずっと身長が伸び続けていて、「家で体重を測ると増えている=身体測定で身長が伸びている」という時期が長く、体重が増えていてもさほど気にしていなかった。

2回目の高校生になると、祖母の言葉通り、痩せるためのことは何もしないのに痩せて、57kg前後になった。身長は高校3年生まで伸び、167cm。そのまま、大学生の時は55~58kgで過ごして、とても元気だった。食べることが好きなことは変わらず、食べたいものを食べたいように食べていた。

 

20代半ば、普通に食べられなくなった。新卒で入社した職場が合わず、心身ともに具合を悪くして、まずは昼食が食べられなくなり、朝食も夕食も普通の食事ができなくなった。結果10kgほど痩せて46~47kgになり、死ぬかと思った。歩く速度が遅すぎて通勤ラッシュの人混みではわざとぶつかられていたし、電車で立っているのもしんどかった。その後反転して過食気味になり、体重は増えた。細かなことは書かないし思い出せないのだが、休職するとストレスから離れられたので、食べられるようになったと思う。その職場は退職することになったのだが、やめるころには53~4kgくらいに回復した。

その後、今の職場へ転職したところ、環境が合っていて、はるかに健康的に働いている。食事も普通に食べられる。ただ、仕事帰りにお腹が空きお菓子を食べ過ぎて太ったので、冒頭のように注意された。

 

わたしは他者からの評価に気づきにくいのかもしれない、とも思う。少なくとも女の子としてどう見られていたか、女としてどう見られているか、はほとんどわからない。恋愛感情が全くわからず、恋愛をしたいとも思わないので、男女問わず恋愛的に誰かから選ばれたいとも思わない。

子どもの頃からかわいいと言われた記憶はあまりなく、はっきりとものを言うほうだったから、かわいげはなかっただろうし、かわいくなりたいと思ったこともあまりない。母親に怒られて泣くと「泣けば済むと思って」とさらに怒られることも多かったから、泣いても何も解決しないというのは刷り込まれた気がする。

祖母が高校を卒業していたり、母親も国立大学を卒業していたりしたからか、女の子だからかわいらしくあれ、というよりは、しっかり勉強しなさい・考えなさい、という教育だった気がする。かわいくないと自覚し、かわいくありたいと思わずに、「わたしはこうだから」と生きてきた。もしかしたら少数派なのだろうか。

 

今も、自分を誰かに委ねていたいというよりは、「自分の人生は自分のものだ!」という感じで生きている。痩せようと思ったのも、お医者さんに注意されたことに加えて、自分の体型に自分で納得がいかなくなったからだ。

とはいえ、減量するためにカロリー計算などは全くせず、とりあえず一人の時に極力お菓子を食べない・甘い飲み物を飲まないということを実践して、食事量を全体的に少し減らした。満腹まで食べずに腹八分目で止めるという感覚だ。それに、例えばどうしてもアイスクリームを食べたい日には食べた。無茶はしない。それだからか、食べるのが怖いなど、減量したことによって食事に悪い影響は出ていない。あとは、お風呂をシャワーで済ませず、毎日きちんと湯船に15分浸かった。

現在は167cmに対して、体重が59~60kgで体脂肪率が22~23%なので、もう痩せなくていいなぁと思っている。体型を整えようと思って、筋トレを始めた。

 

この本の要は、最終章にあると思う。ダイエットする気持ちを否定するのではなく、それがどこからもたらされるのか、をこれまでの章で丁寧に読み解いたうえで、「他者から愛されるための受動的な生き方をするのではなくて、自分が他者と関係を築きながら生きていくのだ」と呼びかけている。誰とどのように歩んで、足跡を刻むのか。それを選ぶのは自らである。そして、他者と出会い別れながら刻んだ足跡は、生きてきた軌跡は、唯一無二のものになる。この部分は、『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂/晶文社)にもつながっている。

自分の体は自分のものだ。他者に評価されるためにあるわけじゃない。でも、自分の体を自分にとって心地よく整えるのはなかなか大変だ。他者のことを全く気にしないで生きることは不可能だし、見た目は悪いより良いほうが生きやすい世の中だ。その中で、自分と他者、自分と世界をうまくつなげる方法を模索すること、より良い関係を築くこと、それが生きることなのだろう。