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盛りだくさん、のんびり、大きなお世話

昨日は盛りだくさんの一日だったので、今日は比較的のんびりと過ごしている。

昨日の話からすると、午前中に定期通院、昼過ぎにオンラインで詩の合評会、夕方に不動産屋さんへ行く、という休日にしては過密スケジュール。

 

年末年始の休診明け、かつ、三連休前の病院はめちゃくちゃ混んでいて、予想していたことではあるもののびっくりした。そのわりに、診察はせかせかしないのがいいところ。薬が余っていることと年末年始の関係で前回の通院が5週間前だったので、主なできごとをざっくりと伝え、元気だし通院間隔を伸ばしてもらえたらいいなあと思ったら、そうはいかず。それなりに酷い状態だったこともあるので、致し方ないのかな。

 

詩の合評会では、詩の背景や書いていた時に思ったことを話すのだけれども、だいたいわたしの感覚が面白いという話になり、話したことを詩にも盛り込もう、という流れになる。「あなたの感覚は面白いから、上手く詩に取り入れられるといいよね」という主旨のことを言ってもらった。自分の感覚にもっと自覚的になって、詩に反映させられたら、もっとわたしならではの詩になっていくのだろう。しかし、自分にとって自分の感覚は当たり前のもので、他の人にとってどこが面白いのかがわかりにくいから、この詩を書こうと思った瞬間とか、このフレーズが浮かんだ時に思ったこととか、いつも合評会で話すことを入れるところから始めよう。

 

引っ越し計画を進めているので、気になる物件をネットで見繕って不動産屋さんへ行った。あれこれ見繕ったわりに、図面や内装写真を一緒に見てもらうと変な点が見えてきてしまい、内見予約をしたのは1箇所。上手くいけばその家に決まるし、決まらなければ条件を見直さなければならない。初詣のおみくじが言うには「転居:良い」なので、上手くいくと思いたい。

 

今日は午前中に街で用事を済ませたついでに、タリーズで読書をした。ガラガラに空いていた。福袋のドリンクチケットでいつもなら飲まないようなものを、と思ったのに、結局はロイヤルミルクティーのグランデにした。飲まないと言えばグランデもなかなか飲まない。歌集を読み切り、磯野真穂『なぜふつうに食べられないのか 拒食と過食の文化人類学』(春秋社)を読み進めた。自分が抑うつ状態で「ふつうに食べられなかった」頃や、大学の心理学の講義で教授が言っていた「頭の中に箱を2つ作りなさい、心理学の箱と臨床の箱を。臨床は人の要素があるから、論理だけではいかない」といった話を思い出した。

 

帰ってから軽くお昼ごはんを食べ、食料品の買い物をし、散歩に行った。身体がぼんやりしている感じというか、まあ、歩きたいなという感じだった。午前中と散歩を合わせてどのくらい歩いたか、iPhoneのヘルスケアアプリを見たら、8kmちょっと、11000歩ほど歩いたらしい。

そして、「7日間で上向きのトレンド」として体重が出て来た。大きなお世話である。確かに年末年始で1.5kgくらい増量しているのだが、問題ではないし、何ならちょっと太ったくらいでちょうど良いのだ。明日は左の親知らずを上下とも抜くので、1週間くらい口がまともに開かなくて、ろくなものを食べられないために痩せるのが見えている。

というわけで、今日は明日の抜歯直後に食べるためにアイスクリーム、そのあとの備えとして、カップスープ、スープパスタ、ゼリー飲料、茶わん蒸し、プリンと買い込んできた。加工食品は高くつくし、味も一様なのだが、自分でこまごまと用意するのは大変なので。せめて、お粥は炊飯器で炊く。

今日は無印のバターチキンカレー鍋の素で、野菜と鶏だんごの鍋にする。