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Happy birthday to me!

1つ歳を重ねる、ということは、1年無事に生き延びた、ということ。生き延びて、おめでとう。

誕生日を意識しないと忘れがちだ。少なくとも20歳までは誕生日を意識していた、20歳は成人だったから。18歳と19歳はさほど違わなかったと思うけれど、19歳と20歳では意味が違う。そのあとだんだん意識が薄れ、自分の生年月日は滑らかに書けるのに、問診票だの会員登録用紙だのにある“(  )歳”のカッコを埋める時に若干手間取るようになった、わたしは何歳だ。そして思い出して、はっとする。

そして誕生日、32歳も31歳も大差なかったから、33歳もそんなに変わらないだろう。死にかけの20代半ばよりも、20代の終わり、そして30代になってからのほうが体調がよく、体力もあり、筋トレをした結果体型も良くなった。体重は20代前半と同じくらいなんだけれど、スカートやパンツのサイズはその頃より小さい。筋トレは腱鞘炎のためにスクワット以外中断していて、そのスクワットすら最近は忘れがちになっている。身体が少し重たいので、再度習慣づけたいところ。

 

32歳を振り返る。

仕事面はよい1年だった、筆名では仕事のわたしをあまり話さないようにしているので、具体的なことは書かない。仕事と詩のバランスと言ったことを考えていた。ちょっと仕事に比重が偏ったかなあとも思う。

生活はどうだったかというと、推し活に励んでいた。2021年1月半ばに見事に新しい推しに落っこちたので、かれこれ1年半くらいになる。webコンテンツの更新を楽しみにするのは、中高生の頃に音楽雑誌が出るのを待っていた気持ちに似ている。動画の生配信やネットラジオを視聴するのは家でできるから、よい時代。加えてライブハウスでのライブ参加、リリースイベント参加など、以前のわたしなら尻込みしそうなことをしている。ファン同士の交流にさほど興味がないので、仲間はいない。仲間がいたら楽しいんだろうか。

あとは引っ越しをして、通勤時間を大幅に短縮した。平日の夜に時間があるのはよいことだ。本を読んだり、詩を書いたり、何にもしないでボーっとすることもできる。早く寝るためにだるい身体でテキパキ動かなくてよいのだ。

詩の話。なんだか、うまく書けないなあと思うことが多かった。32歳の間は詩誌に発表することもなかった。全く書けないわけではなく、書く速度や書いたものに対して違和感があった。とはいえ、うまく書けたと思えるものもあるので、スランプというほどではない。違和感の発生率が高まってしまった感じ。

そんな状態だから、32歳の目標は「詩集の骨格を作る」だったのだけれど、全くもってできなかった。詩は書いていた、載せるものを選んだ、でも「本当に今詩集を作りたいのか」と疑問が浮かんでしまった。タイトルも浮かばないし、表紙のイメージも浮かばない。何か焦って作っている感じがする。その感触が抜けていないので、もう少し落ち着いてから詩集を作ろうと思う。来年、遅くとも再来年には出したい。

 

33歳の展望は正直あまり見えていないのだが、この先、詩を続けることだけは決めている。詩は生活の彩りだと思っているんだけれど、そこを越えて生活の一部かもしれない。

詩をしっかり書き始めてから8年目になる。しぶとく書き続けて、いつか何かの賞を得られるといいなぁとぼんやり思う。賞が全てというわけではないのだが、候補に二度選ばれているのであと一歩の何かを掴みたいし、頑張ってきたことのひとつの証明という感じがしている。自分がどのような技巧を使って書いているのかさっぱり分かっていないので、その辺の自覚がいるのかしら。しかし、頭で考えて書くと、理屈が先に走った感じの面白くないものになりがちだから難しい。書きたい感覚が先にあることが大事、というのは実感としてある。

そして、4月以降詩に割く時間が減っていて、なんとなくこの1年も仕事に比重が偏りそうな気がする。でも、仕事をするために生きているのではなくて、生活する手段として仕事をしているのだ。それを忘れないこと、生活するわたし・詩を書くわたしを仕事に殺されないようにすること。

推し活もしばらく続きそうだ。推しは12月に大きめの会場でライブを予定しているらしいので、それが33歳前半を乗り切る大きな楽しみになりそう。

力を入れすぎずに、しなやかさを持って、1年を過ごして行ければいいなぁと思っている。

目標は特に定めずにいよう。ふと浮かんだら、その時から。