· 

どこかへ行ってもいいんだった、詩のこと

転職してから2回目の通院だった。環境には慣れてきたけれど、まだ仕事を全部引き継がれていなくて、暇をしてしまう時があるなどと話したら、「そのうち忙しくなるって」と言われた。確かに、様子を見ながら担当業務を割り当てるみたいなことを言われているから、暇をできるのも今くらいであろう。診察の終わり際「これからどこかへ行くんですか?」と聞かれて、お昼を食べてカフェで本を読んでから帰るかなと思っていたのだけど「うーん、帰っても寝るだろうし、迷っています」と答えながら、そうだどこかへ行ってもいいんだったな、と思った。

 

少し早めのお昼ごはんを食べて、カフェに行った。朝、頭に浮かんだフレーズから詩を書いて、冬の終わりにTOEICを受けなければならないので英語の勉強がてら本棚に12年ほど眠っていたJumpa Lahiri ”interpreter of maradies”(ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』)を少し読んだ。確か大学2回生の冬、5日間くらいの語学研修でハワイのオアフ島に行ったときに買って、1〜2ページ読んでそのままにしていた。今の英語力がどの程度か見当がつかないなりに、分からない単語はあれど全く意味が取れないわけではなかったので、ちょっと安心した。短編集なので、ひとまず1つ目を読み終われたらいいなぁと思う。

 

ごはんを食べている時から、どこかへ行くのか帰るのか考えて、せっかくだし美術館に行くことにした。最初は京都まで行こうと思ったのだけれどやや遠いから、大阪府と京都府の境目の京都側にある大山崎山荘美術館に行き先を定めた。大山崎山荘美術館は小さいけれど、建物そのものに趣があるし、庭園もある。企画展がスイスの絵本作家の展示だったのも良かった。絵の素養はないので、技法がどうとかさっぱりなのだけど、作家が子どもを楽しませよう、物語の世界に誘おうとして、細かすぎず荒すぎない絶妙な線画と着色をしているのだなぁと感じた。日本語訳の絵本もあって、久々に絵本を読んだら思いの外楽しくて最後まで読み終え、次の本に手を伸ばそうとしたけれど他にも人がいたのでやめた。絵本は子どもだけのものではないなぁ。美術館の2階には喫茶室があって、その奥のテラスからの眺めはとても広々としている。付近に高い建物がないから、桂川・木津川・宇治川が合流して淀川になるあたり、対岸まですっかり見える。

 

それから、晩秋と冬に備えボアスウェットパーカーを買って、食料品を買って帰った。足が痛くて敵わなかった。歩き回るつもりではなかったからショートブーツを履いていた。ブーツで10kmも歩いてはいけない。

昨日から、晩ごはんはさつまいものグラタンと決めていたので、一服してからグラタンを作った。わりあい簡単に作れる。玉ねぎやベーコンをバターで炒めて、そこに薄力粉を入れて玉ねぎなどにまとわせて、牛乳を注いで混ぜながら加熱するといい感じのホワイトソースになる。

 

詩の話。

自分の詩はこれ、と決めつけないことだけ決めていて、あとはもう生活や心持ちに左右されながら書いている。だから初期の『きょりかん』の頃とは詩の雰囲気が違う。今は世界や人生をそこまで恨みに思っていないから、もうあの頃みたいに、負のエネルギーと正のエネルギーがせめぎ合う感じでは書けない。わたしとしては、『きょりかん』がなくては「今」がないのは分かっていても、最近の詩の雰囲気の方が好きだ。「あなた」と置いたらそれは異性を示さなければならない、といった無意識な思い込みが少しずつ取れて、自分に過度な負荷をかけずに書いていると思う。わたしは日常の感覚を書き残したいと思っていて、そうすると生活や心持ちが影響を与える。もちろん詩はノンフィクションではない。詩に書いていることが、わたしの生活ではない。生活はあくまでも起点で、そこから言葉がどう走っていくかを楽しみながら書く。こんな組み合わせになったか、と驚く。

2020年の終わりくらいから『声を差し出す』以降の詩を中心にした詩集を作ろうと思ってはいる。次は出版社から出してみたいので、2021年の頭に見積もりをしてもらって、金額というよりは制作期間が思いの外かかるので2021年中は無理だと判断した。そのあと、思うような詩が書けなかったり、引っ越し・昇進・転職などがあったりして詩集に関する動きをせずにいたのだけれど、最近また自作を読み返し始めた。タイトル案も2つ浮かんでいるし、今年の末までに書いた詩を入れるつもりで、徐々に配列を考えたい。