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インドア派

朝から雨、天気予報通りだ。午後からは推しのミュージシャンによる有料配信(カルチャーセンターの特別講座)を見るし、まとまった時間を家で過ごそうと思って、開店してすぐのスーパーマーケットへ行って、足りない食料品や日用品を買った。それなりに雨が降っていて、深く考えずにメッシュ素材が使われているスニーカーを履いたら片道だけで靴下がぐしょぐしょに濡れてしまって往生した。

 

今日はずっとパソコンを見ていると言って過言ではない。Silentを見、推しの配信を見て、Silentの続きを見たり、今週土曜日のオンラインで行う詩の合評会の準備をしたりしている。いくらか本を読んだり、冒頭だけ思いついた詩の続きを書こうと思ったりしていたのだが、できていない。詩はこのあと書くかもしれない。

 

ミュージシャンがカルチャーセンターで講座をすると言うのはどういうことなのかなと思ったけれども、職業に関わらず自分の人生を自分として生きるにはどうするのか、と言う話だったと思った。面白かった。近々ライブに行くのでますます楽しみになった。

 

Silentを見ていて、ずっと手話と日本語字幕の間にある少しの違いが気になっている。ちょっとニュアンスは違うけれど意味は変わらないので、手話と日本語のそれぞれの自然さで表されているのだと思う。おそらく日本語の台詞が手話に訳されているのだろうから、手話監修の方たちは表現力が高いのだろう。

字幕と手話の違いは、日本語と手話という言語の違いを超えて「想いを伝えたい、伝わって欲しい、伝わりたい、受け取りたい」ということを表しているのではないか。台詞の内容や表情だけでなく、言語のちょっとした違いとしても表しているのだろうと、そんな気がした。